最終更新日(Update)'20.07.01

白魚火 令和2年7月号 抜粋

 
(通巻第779号)
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7月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   出口 廣志
「童子菩薩」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
        鈴木 誠、山羽 法子
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       福本 國愛、柴田 まさ江
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(江田島)出口 廣志

馬洗ふポニーテールの厩務員  市川 節子
         (令和元年九月号 白光集より)
 「牛馬洗ふ」は、農耕用の牛馬に対して一日の重労働を労うのが主旨の季語である。
 しかし、掲句は北海道日高地方のサラブレッド牧場を見学した時の感動を詠んだもの。
 「ポニーテール」から馬好きの娘さんの姿が浮かぶ。「厩務員」は厩舎に住み込み、午前二~三時には起床して馬の世話を始める。給餌、糞尿処理、寝床つくり等々、超過酷な労働の連続である。花形のジョッキーに比べ、厩務員は汚れ真っ黒くなって下積みの仕事を黙々とこなす。競争馬には毎日ハードなトレーニングがある。厳しい調教後には「ご苦労さん」と声を掛けながら汗を流してやりブラッシングをする。
 馬に寄り添うまさに「人馬一体」の光景に作者は心打たれたのである。

半夏雨古書店昼の燈を点す  村松 ヒサ子
         (令和元年九月号 白魚火集より)
 情報媒体の多様化によって日本人の活字離れは急速に広がっている。一昔前は「古本屋巡り」を趣味とする人が結構いたものだ。
 昨今の古書店は外から見ても人は疎らで厳しい状況のようだ。「半夏雨」がそんな現状を象徴している。しかし、店主は古今東西の「知恵袋」をうず高く所蔵し商っているという自負から、「昼の燈」を点しているのでは?そんな思いを抱かせる一句である。

毒ガスの廃墟に咲くや海紅豆  寺田 悦子
         (令和元年九月号 白魚火集より)
 非人道的な化学兵器・毒ガスが極秘裏に周囲四キロの小島で製造されていた。地図上からは完全に抹消されていた広島県の大久野島である。現在は、国民休暇村として多くの観光客が訪れる平和のシンボル「うさぎの島」に生まれ変わっている。
しかし、島内には毒ガス工場の遺構があり、傍らに深紅の大輪アメリカデイゴが咲き誇っている。作者は「戦争と平和」について思いを深くするのであった。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 桜片々 (静岡)鈴木 三都夫
咲き満ちて風を鎮めし桜かな
世事疎く老いて桜と遊ぶ日々
桜散る深々とはた絢爛と
花冷えを託ち落花を惜しみけり
散る花の吹雪の中に沈みたし
散り終ふるまでを日毎の桜かな
桜散るその名連ねし忠魂碑
花筏組むとしもなく流れ出す

 紺浴衣 (出雲)安食 彰彦
空見れば東西南北立夏かな
知らぬ人に睨まれてゐる夕薄暑
麦の秋伊勢大神楽笛吹いて
味噌汁の具を替へてより厨夏
納豆の引く糸長し夏旺ん
甚平の父と盃交はしけり
湯上りのビール世相を嘆きをり
紺浴衣着てすすめをり吟醸酒

 さくら (浜松)村上 尚子
丘の上の風車二月のかぜ回す
晴朗忌三方ヶ原へ燕くる
花きぶし音をこらふる山の雨
着替へしてはや花人となつてをり
音立てて開く山門初ざくら
客として仰ぐ生家の桜かな
春の灯に透く果実酒の琥珀色
真夜中の浅蜊つぶやく桶の中

 と見かう見(唐津)小浜 史都女
うぐひすの夕べ無口となりにけり
翔ぶものにやさしき雨の穀雨かな
ももいろのフレームに替へ夏隣
鴨引きて退屈さうな卓と椅子
けふ無事に暮れてゆくなり蕨汁
山深く入りて山藤と見かう見
落書きに似たるけふの句卯月寒
遺跡野の薔薇のトンネルくぐりけり

 会津田島(宇都宮)鶴見 一石子
山藤のなだれて東北高速道
農耕車優先道路葱坊主
芥の水田畑を守る六地蔵
棒立ちの主亡き家の松の花
雪の下東照宮の瑞垣に
新緑の真只中の美術館
所望せし会津田島の一夜酒
青葉光弾き飛ばせし会津富士

 燕来る (東広島)渡邉 春枝
瀬戸内の波おだやかに散る桜
ぶらんこを漕ぎて青空うら返す
校内にビオトープあり蛙鳴く
朝食のパン焼く匂ひ燕来る
沈丁花日の暮れてより香り立つ
水源池の高き金網藤の花
休診の札そのままに夏立てり
外出のままならぬ日々花は葉に

 春の月 (浜松)渥美 絹代
湯気の立つ堆肥燕の来たりけり
春の月封書一通出しに行く
崩るるにまかす石垣鳥雲に
蝌蚪の紐藁屑乗つてをりにけり
千枚の棚田を巡り春惜しむ
するすると揚がる国旗や風薫る
信濃へと余花の兵越峠かな
桐咲くや母を訪はざる日の続き

 鱗 (北見)金田 野歩女
昨夜の雨振つて活けたる黄水仙
山桜磴百段をあと五段
鳶の巣の小枝巧みに組まれをり
飛花落花池の括れの赤い橋
囀に散歩の背中押されつつ
とびきりの鰊を捌く手に鱗
聖五月休校の子とパンを捏ね
後退りして荷を曳く蟻の四苦八苦

 更衣 (東京)寺澤 朝子
この辺り尼寺の跡とや竹の秋
風落ちし空へはくれん暮れ残る
菜の花や江戸川越ゆる常磐線
藍流す川筋柳青みけり
かげろふやかつて先師の在りし街
寸の芽より丹精五年躑躅咲く
百度踏む人影八十八夜寒
身に添へる齢を捨てむ更衣

 芽吹山 (旭川)平間 純一
まづ羆へあいさつの鐘芽吹山
花粉症宣言コロナ渦中にて
棚据ゑて葡萄の芽立ちほつほつと
休校延期花満開の校舎かな
ひとひらの花の散りをり神の池
祀られし御魂あまたや散る桜
疫病の渦中弥生の月丸く
風薫る明日の靴を磨きあぐ

 紙風船 (宇都宮)星田 一草
花辛夷線刻淡き磨崖佛
籠もり居る桜隠しの一日かな
むらさきに鎮む那須野の夕霞
地蔵抱く三百年の山桜
校庭にだあれもいない桜咲く
逝く春のトレモロを聴く夕べかな
玻璃一重へだてて春の雪霏々と
紙風船折り目の開く音たてて

 雲雀野 (栃木)柴山 要作
うまさうな蓬いつぱい後円部
僧寺跡へ急ぐ道の辺桑ほどく
男体女峰また威を正す春の雪
小綬鶏に急かされ開く農具小屋
うぐひす汝も楽しんでゐる谷渡り
雲雀野や体内時計ゆるみ来る
柿若葉少し伸びたる妻の試歩
咲ききつて気怠さうなる大牡丹

 薫風 (群馬)篠原 庄治
散り落ちてなほ姿佳き白椿
擦れ違ふ人と分け合ふ花の径
県庁舎四十階より花見かな
葉も茎も花芽も青し沢山葵
山里を揺らし画眉鳥囀れり
水に透き日に透き泳ぐ蝌蚪の群れ
赤黄色歓喜にをどるチューリップ
薫風や寝息こぼるる乳母車

 花 (浜松)弓場 忠義
満開の桜の幹に凭れをり
首振つて鳥が糞する花の中
花筏近づき鯉のひるがへる
天守より花見の人を見てをりぬ
桜に透けて扁額の金の文字
花冷の朝の点眼忘れけり
満天星の鈴二つ三つ鳴り始む
桟橋のブイに鳥をり春惜しむ

 河童 (東広島)奥田 積
ふる里に残る校歌や春の川
芽吹きには芽吹きの形日一日
桜蕊ベンチくまなく覆ひけり
山吹や淵に河童の棲むといふ
太竹の触れあふ音や夏兆す
田の水の朝日にひかる更衣
石楠花のこの咲きぞめの一二輪
葉桜となりたる夜の町あかり



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 雛納む (出雲)渡部 美知子
新しきうす紙に替へ雛納む
大空へ行きそこねたるしやぼん玉
舞ふ花に和して水音風の音
朧夜や時をり高き波の音
ただならぬ春の嵐に向かひけり
休業の貼り紙増やし春逝きぬ

 夏燕 (松江)西村 松子
たんぽぽの絮吹き悔いをひとつ消す
新樹光赤子のものをたんと干す
緑さすサラダは白き皿に盛る
しなやかに野の風掬ふ夏燕
田水張り村にひかりを増やしけり
新緑の浜に底引網を干す

 鳥帰る (藤枝)横田 じゅんこ
校門の太き閂鳥帰る
自転車も寝ころんでゐる春野かな
春の昼切手ぎやうさん貼る手紙
遠足やゴリラの前であくびをす
藤の房見ながら背伸びして歩く
母の日や母ほどのこと出来ぬまま

 げんげ田 (浜松)佐藤 升子
鳥雲に入る縁側に足垂らし
嬰児の指に力や山笑ふ
一枚のげんげ田雨に暮れにけり
春の暮クロスワードの枡を埋め
春ともし母の話を弟と
ぶらんこを漕ぐたび愁ひ深まりぬ

 こでまり (出雲)荒木 千都江
両岸の桜川面になだれ落つ
紫木蓮一花生けたる重さかな
座りたき石の平も落花かな
幅いつぱい雲を映して春の川
うららかや自分で書いて読めぬメモ
地を打ちて風にこでまり弾みけり

 夏兆す (浜松)林 浩世
木瓜の花庫裡まで少しぬかるんで
遠灘を望む吊橋風光る
朧夜の粥に張りたるうすき膜
折紙のオルガン傾ぐ暮の春
ゴム毬のおほきく跳ねて夏兆す
柿若葉赤子この頃よく笑ふ



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 鈴木 誠 (浜松)
笑ひ声の真ん中に咲くチューリップ
柿若葉風は光となりにけり
裏木戸を開けて牡丹の庭に入る
風の途切れて草笛の止みにけり
縁側に転がつてゐる夏蜜柑

 山羽 法子 (函館)
砲台の跡の石垣花菫
光ある方に一人静咲く
竹竿の届かぬ先の鴉の巣
利尻富士今日は良く見え磯菜摘
諍ひの傍らに居り猫の妻



白光秀句
村上尚子

笑ひ声の真ん中に咲くチューリップ 鈴木 誠(浜松)

 一度聞けば忘れないだろうと思う句に、細見綾子の〝チューリップ喜びだけを持つてゐる〟がある。言われてみれば本当にそんな気がする。花の名前は知らないという人も、小さな子供もチューリップは知っている。
 掲句はそんな親しさが、色鮮やかな映像となって見えてくる。笑いのある暮しを大切にしたい。
  縁側に転がつてゐる夏蜜柑
 いたってシンプルな景である。最近は縁側のある家も減った。又、顔をしかめるほど酸っぱい夏みかんも姿を消しつつある。しかし、この句は本来の「夏蜜柑」が似合う。
 十七文字の枠に縛られない物語を想像することが出来る。

利尻富士今日は良く見え磯菜摘 山羽 法子(函館)

 北海道北端の礼文島と並ぶ利尻島にある利尻山である。日本百名山にも選ばれ、高山植物が見られることでも知られているが、海の幸も豊富である。厳しい冬を乗り越え、今日は利尻富士がよく見えている。その裾野に面した磯辺では磯菜摘が始まった。
 この句からは、作者の居る場所は限定できないが、北国の大きな自然を背景に、春ならではの暮しの風景が表現されている。
  諍ひの傍らに居り猫の妻
 猫の恋の副題の一つの〝猫の妻〟。〝猫の夫〟があるのも面白い。諍いをしているのは猫とも人間ともとれる。滑稽味満点である。

どうしても字余りおたまじやくしの句 佐藤 陸前子(浜松)

 漢字で書けばお玉杓子、蛙の子、蝌蚪の紐、数珠子であるが、〝おたまじやくし〟とひらがなで書いてみると既に字余りのような感じがする。俳句は物を見ることから始まるというが、この句はそれ以前から気おくれしている。そう言いながら佳句を生みだした。俳句の作り方は色々ある。

不揃ひの縫ひ目蛙の目借時 妹尾 福子(雲南)

 蛙が人の目を借りてゆくという俗説に基づく俳諧味ある季語。それと現実的な家事の一端の取り合わせである。もちろんミシンではなく手縫いである。台布巾とか雑巾を縫っているのだろうか。

水行の山に分け入る薄暑かな 大庭 成友(浜松)

 寒行に対し水行は季語に関りはない。この句の季語は「薄暑」である。「山に分け入る」という言葉から先ず周囲の緑が見えてくる。どれほど歩くのかは分からないが、既に心身が清められてゆく思いである。

少しだけ幸せになる豆御飯 小嶋 都志子(日野)

 皮を剥いた豌豆やそら豆を薄い塩味で炊き込んだ御飯。豆の緑と白米の白さが見た目にも美しく、初夏の季節を感じる。炊き上がった時、そして茶碗へ盛った時、本当に「幸せになる」。和食ならではの一品である。

浜昼顔波ゆるやかに音畳む 才田 さよ子(唐津)

 海岸の砂地に這うように伸び、朝顔に似た形で薄紅色の花をつける浜昼顔。その可憐な姿に思わず足が止まった。目の前は水平線まで見渡せる。「音畳む」のひと言で、穏やかな様子が丁寧に表現されているのが分かる。

骨董市の謎めく壺や紫木蓮 上松 陽子(宇都宮)

 骨董市には希少価値のある美術品や古道具などの中に掘出し物もあるが、偽物や単なるがらくたと思える物がある。その中で目に止めた物が何やら「謎めく壺」だった。紫木蓮との取り合わせにも頷ける。

代搔いて隣り合ふ田を濁したる 川本 すみ江(雲南)

 田植に備え最後の作業となる。今日では牛馬に替り殆んどが機械で行う。一枚の田に機械が動きだすと、隣の田も待ち構えているように活気が満ちてくる様子がこまかく捉えられている。

赤石岳に白き雲湧く立夏かな 本田 咲子(飯田)

 作者のお住まいの周辺には、日本を代表する中央アルプスや南アルプスの山々が見える。その中の一つの赤石岳に焦点を絞った。日本で第七位の高さを誇るその峰から湧き立つ雲の力強さは、まさに立夏にふさわしい。いよいよ夏山シーズンの幕開けとなるはずだが、今年はコロナウイルスの為に山小屋の営業が危ぶまれている。

囀や洗面台に砂時計 石川 純子(旭川)

 決まった事柄を一定時間に限定するのに使う砂時計。色や形にも美しいものがある。毎朝歯みがきの時間をこれで決めているのだろう。外からは色々な鳥の鳴き声が聞こえてくる。良い一日の始まりである。


  その他の感銘句

晩春の入り日大きく山に落つ
花見船向き替へてより流れ出す
麻酔科の硝子越しなる桜かな
ミニカーの一台増えて子供の日
流れつつ集まつてゐる花筏
休校日兄弟で吹くしやぼん玉
指貫の指に馴染みて夏きざす
末つ子のシャツはだぶだぶ蔦若葉
若者のころころ笑ふチューリップ
花の雲一時を示す時計台
夏燕水切つてより翻る
さざ波を立てて風ゆく代田かな
保育所に泣き声高く夏来る
限界集落みかんの花の匂ひけり
花りんご養護学校授業中

山田 哲夫
中山 雅史
淺井ゆうこ
小杉 好恵
太田尾利恵
鈴木 敦子
松尾 純子
花輪 宏子
磯野 陽子
鈴木 利枝
内山実知世
佐々木智枝子
冨田 松江
溝口 正泰
赤城 節子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 鳥取 福本 國愛
校章の詰襟しかと新入生
場所取りの一人に広い花筵
花冷や青い光の一等星
風光る記念切手の案内状
はじめての土の匂ひに仔馬跳ね

 牧之原 柴田 まさ江
満天星に触るれば鈴の鳴りさうな
組み変へて道程長し花筏
ふる里の日毎日毎の茶の芽かな
牡丹の蕊をあらはに散る気配
喜寿迎ふ至福の朝の新茶汲む



白魚火秀句
白岩敏秀

はじめての土の匂ひに仔馬跳ね 福本 國愛(鳥取)

 仔馬は生まれて一時間もすれば起ち上がってくる。そして、十日ほどで母と一緒に放牧される。若葉に満ちた木々や青草の萌える牧場は仔馬にとって初めての世界。母馬に見守られている安心感からか、時には走り、時には跳ねる。仔馬の溌剌とした動きを「土の匂ひに仔馬跳ね」と活写。
  花冷や青い光の一等星
 桜の時分に急な冷え込みがある。「花冷」である。花冷えで引き締まった夜空のなかにひときわ青く光る星を見つけた。「おとめ座」のスピカである。普段はさほど気にとめなかったが、今日の青さは凄味さえ感じられるほど。桜の華やぎと裏腹な冷えによる気持ちの落差が、青い光をつよく意識させたのだろう。

喜寿迎ふ至福の朝の新茶汲む 柴田まさ江 (牧之原)

 人生百年時代と言われていて、喜寿はまだまだ若い。とはいっても、様々な困難や病気に打ち勝っての今日である。それを「至福」と素直に喜べる気持ちが尊い。新茶の香りが作者と初夏の爽やかさを伝えている。
  ふる里の日毎日毎の茶の芽かな
 丹精して育てた茶の木である。木の育ちも茶葉の色も上々。それを「日毎日毎の茶の芽」と言えるのは、芽吹きを我が子のように、ずっと見守ってきたからだろう。簡潔な表現ながら、作者の思いが十分に伝わってくる。

カレンダーの曜日確かめ一年生 花輪 宏子(磐田)

 待ちに待った入学式も終わり、いよいよ授業が始まる。ランドセルには真新しい教科書やシートが一杯。緊張した面持ちで何度も何度もカレンダーの曜日を確かめている。初々しい一年生の姿が微笑ましい。

柚の花や手縫ひのマスク十枚目 小松みち女(小城)

 今年は新型コロナウイルスで大変な騒ぎであった。投句にもコロナに関するものが多々あった。句中の使われている言葉は「巣ごもり・コロナ・自粛・三密・ステイホーム」などの新聞やテレビで使われたものばかり。重い内容をストレートに表現すると、往々にして失敗する。揚句はコロナを背景にしながら「手縫ひのマスク十枚目」と軽く表現して成功した。

春寒や一間の笹小屋を燻しをり 今泉 早知(旭川)

 チセはアイヌ語で家のこと。屋根や壁が笹葺きであるため笹小屋と呼ばれる。家のなかは一間で中央に炉がある。「燻す」とあるからこの炉を焚いて、湿気除けや虫除けが行われているのだろう。平成十五年の旭川全国大会に〈夏炉焚くチセの四隅の神の窓 森淳子〉が仁尾先生の特選一位となった。

贈り物のごと夕虹の立ちにけり 森脇 あき(雲南)

 虹は一年を通して見ることができるが、夏の虹が鮮やかな色なので夏の季語となっている。会社帰りか買い物の時なのだろう。ふと見上げた空に虹を見た。あまりの美しさに思わず口にした言葉が「贈り物のごと」。夕虹は晴れの前兆といわれている。まさに贈り物のような夕虹である。

新設の橋に名の付き夏に入る 松尾 純子(出雲)

 橋はそれぞれに名前を持っている。名前は橋の親柱に漢字とひらがなで書かれ、名前がついてやっと一人前の橋となる。親子三代の渡り初めを終えてから一般に解放される。今までは遠く迂回していたが、これからは目的地までが近く動きやすくなる。新しい橋の誕生と活気ある夏の始まりのタイミングが絶妙。

流木に芽吹きの力ありにけり 早川三知子(調布)

 幾日を水に漂っていたのか分からない状態で、岸に打ち上げられた流木。ところどころ、樹皮を剥がれながらも芽吹きが始まっている。その生命力の強さに、驚きの目を見張っていたに違いない。

筍の穂先の濡れて届きたり 田中かほる(浜松)

 朝掘りの筍であろう。皮はつやつやして、しっとりとした手触りがある。穂先の緑もまだ濡れたままである。筍は新鮮さが身上。早速、あれこれと筍料理に思いを巡らす。忙しい一日になりそうである。


    その他触れたかった句     

麦秋の中へ少年消えゆけり
初燕空の四隅を広げをり
蜃気楼消えて波音高くなる
武具飾る子は思春期となりにけり
電線に斥候のごと初燕
ビー玉に透ける青空子供の日
一輪車苗田へ渡る板の橋
田水張り峡は光を溢れしむ
花吹雪諸手を上げて顔で受け
行く春や丘の校舎は川向かう
庭先の石の温みやとかげ這ふ
窓に海窓にさへづり磯住ひ
砥石もて均す砥石や梨の花
目借時郵便受に音のせり
入学式すでにナースの顔となり
新築のプラザ春日の中にあり
糸遊になはとびするは少年か

清水あゆこ
鈴木けい子
砂間 達也
井原 栄子
熊倉 一彦
市川 節子
山羽 法子
北原みどり
町田由美子
山崎てる子
佐藤 淑子
小澤 哲世
藤原 益世
松田独楽子
小杉 好恵
吉崎 ゆき
安藤 春芦


禁無断転載